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恋人役から始まる共闘

小説ID: cmo5wuqbr001301s21k0n7lce

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相手は、こちらが準備したよりも一歩早く動いていた。 ミオのスマホが、テーブルの上で短く震えた。表示されたのは、知らない番号からの着信ではなく、彼女の所属先に向けられた遠回しな圧力だった。会う予定の再確認、移動の理由の問い詰め、そして断れば今後の仕事に響くと匂わせる文面。蓮は一読して、そこにあるのが恋愛のもつれではないと悟った。人を追い詰めるには十分な、静かで厄介なやり方だ。 「予定を潰しに来たな」 蓮が言うと、ミオは唇を噛んだままうなずいた。焦りは見える。だが、泣き崩れるほどではない。むしろ、ここで崩れないために呼吸を整えていた。 相葉はすぐに立ち上がり、店の出入口と通路を見渡した。「今ここで捕まると面倒だ。導線を変えます」 蓮は短く息を吸い、すでに用意していた二つの移動案を頭の中で切り替えた。駅前の表通りは見えやすいが、相手も読みやすい。裏通りは静かだが、逃げ道が少ない。だからこそ、どちらにも偏らせない。事前に分散させた経路が生きる。 「ミオは先に、向かいのビルへ移動する。相葉さんは正面で視線を引きつけてください。俺は裏の通路を使って、相手の出方を見ます」 「一人で?」ミオが小さく声を上げた。 「一人に見せるだけだ。連絡は切らない」 蓮は、彼女が持っていた予備の端末を受け取ると、画面を数回だけ操作した。位置情報の見え方をずらし、表の動きと裏の動きが一致しないようにする。相手が追うのは、表示された線だ。ならば線そのものを増やせばいい。即席の判断ではなく、先に撒いておいた小さな分岐が、ここで役に立つ。 ミオは不安そうにしながらも、蓮の指示に従った。人目のある廊下を選び、あえて自然な速度で歩く。その背中を、相葉が半歩ずらして守る。恋人のふりとして見ればただの移動だが、実際には圧力を受け流すための配置だった。 その瞬間、建物の外に停まる車がわずかに動いた。蓮は裏口近くの防犯カメラ映像を確認し、窓越しに見えた男の手元を見逃さなかった。誰かが電話を切った直後の仕草だった。こちらの動きを読んで、次の圧をかけようとしている。 「来る」 蓮の声に、相葉が即座に応じる。「正面は塞ぐ。蓮さん、裏の監視を」 三人の役割がはっきり分かれた。誰かが前に出て、誰かが道を守り、誰かが相手の手口を拾う。複雑に見えた流れは、分けた瞬間に整理される。蓮は通路の端で端末を握り、相手がこちらに触れる前に、触れた痕跡だけを残すよう通信を切り替えた。 やがて、ミオの端末にもう一度圧力が届く。今度は直接的だった。蓮はそれを待っていた。相手が焦れば焦るほど、発信の癖は荒くなる。相葉がその通信の出どころを押さえ、蓮は裏側の記録を固定する。逃げ道を塞いだのは、建物の扉ではなく、相手の手順そのものだった。 ミオが振り返る。彼女の表情には恐怖が残っていたが、もうただ怯えるだけの顔ではない。 「蓮、これで足りるの」 「足りるように作った」 その返答に、ミオはほんの少し笑った。相葉は無言のまま、確保した導線を確認している。外では車のブレーキ音がして、次の圧力が来る気配がした。だが、今度はもう遅い。 先に動いたのは相手だった。けれど、その早さこそが証拠になる。蓮は静かに息を吐き、相手の焦りがこちらの準備を照らし出すのを見ていた。