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恋人役から始まる共闘

小説ID: cmo5wuqbr001301s21k0n7lce

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翌朝、蓮は機材の前に座り、画面の端から端までを黙って見渡した。配信のための設定画面は、いつもよりやけに素直だった。だからこそ、そこに細工を忍ばせる余地がある。彼は通信の経路を二重に分け、表向きの回線には何も起きていないように見せながら、裏側でアクセスの痕跡だけを拾える形へ整えた。相葉はその横で、記録用の端末と車両の位置を再確認している。ミオは少し離れた場所で、普段の配信で使う口調を試すように独りごとを繰り返していた。 「今日は、少しだけ早めに終わるね、って言えばいい?」 「自然だ。理由を濁しても、不自然にはならない」 蓮の返事に、ミオは小さくうなずいた。彼女の発信は、そのまま相手に届く。ならば、相手が欲しがる曖昧さを逆に利用すればいい。公開の場ではいつも通りの明るさを保ちつつ、移動の時間だけを少しずらす。視聴者には日常の延長に見え、追う側には次の一手を選ばせる隙になる。 相葉が資料を閉じた。「向こうは、こちらが慌てるのを待っている。なら、慌てない状況を作る」 「そのために、わざと見える場所を増やします」蓮は言った。「動線を一本にしない。表の予定と裏の移動をずらせば、追跡は遅れる」 ミオは息を吸い、覚悟を決めた顔でスマホを持ち上げた。短い告知文が送信される。明日の配信は、いつもより少し遅い時間になる。たったそれだけの文面だったが、蓮には十分だった。相手なら、これを見て動く。遅らせるか、先回りするか、あるいは接触を試みるか。 午後、カフェの窓際に置いた偽のスケジュール帳へ、案の定ひとつの視線が落ちた。蓮は反射で気づく。店を出入りする客の流れの中に、同じ間隔で立ち止まる影がある。相葉にだけ短く合図を送り、ミオには笑顔のまま席を立つよう指示した。見せるべきものを見せて、隠すべきものは別の出口へ逃がす。 だが、相手はひとつだけ早かった。店の外で待ち構えていた車両の窓が、ふいに開く。蓮はその瞬間、通信端末に飛んできた微細な発信を拾った。追跡用の信号だ。彼は即座に周波数を切り替え、逆に位置を測れるように設定を返す。 「来る」 短い声に、相葉が動いた。ミオを柱の陰へ寄せ、蓮は自分の端末を胸元へ押し当てる。相手の仕掛けがこちらの地図になる。位置、時刻、停車の癖。全部が、相手の意思ではなく証拠へ変わっていく。 そのとき、ミオが普段の配信で使う軽い笑みを浮かべた。「ねえ、今なら、配信みたいに見えるかな」 「十分だ」蓮は答えた。「もう、逃げてない」 相葉が車両へ向かって走る。蓮は反対側へ回り込み、偽装された導線の先で相手の動きを固定した。追う側だと思っていた人間は、いつの間にかこちらの観測網の中に閉じ込められている。まるで、静かな網が音もなく締まるように。 数分後、相葉の手に確かな記録が残った。ミオを脅かしていた足跡は、ようやく一つの形にまとまる。蓮は息を吐き、遅れて来た安堵をようやく知った。目立つための準備は、罠を開くためでもあったのだ。