翌朝、相葉は三人を小さな会議室へ集めた。窓の外では雨が上がり、濡れた舗道が淡く光っている。机の上には、昨夜までに集めた記録が整然と並んでいた。通信履歴、監視映像の写し、接触の時刻、そして相手の側にいた人物の動き。相葉はそれらを一つずつ指し示しながら、事件の全体像を簡潔にまとめていく。 「結論から言います。星野さんへの圧力は、個人的な執着だけでは説明できません。仕事上の導線を押さえ、周囲の人間関係を経由して選択肢を狭めるやり方でした。そこに、複数の協力者が絡んでいた形跡があります」 ミオは静かに目を伏せた。驚きよりも、ようやく言葉にされたという安堵に近い表情だった。蓮は資料の端に目を落とし、これまでの断片が一つの報告書に収まっていくのを見守る。 相葉は続けた。「ただ、こちらが流れを把握できたのは、二人の協力があったからです。蓮さんの分析で動線の不自然さが見え、星野さんが公開情報と私的な接触を分けて記録してくれた。あれがなければ、接触の時系列はもっと曖昧だった」 ミオが小さく顔を上げた。「私は、逃げていただけで」 「逃げるのも立派な判断です」相葉ははっきり言った。「そして蓮さんは、逃げ道を作る側に回った。どちらも重要でした」 蓮は少しだけ視線を上げる。褒め言葉に慣れていないせいで、返す言葉がすぐには見つからない。それでも、相葉の言葉が事実として整理されているのは分かった。感情ではなく、手順として認められている。彼にはそれで十分だった。 その日のうちに、相手の影響は表舞台から外された。関係者への聞き取りが進み、圧力の手口は順に明るみに出る。ミオの周囲に張られていた見えない網は、静かにほどけていった。彼女は席を立つ前に、何度も机の上の資料を見返していたが、やがて深く息を吐き、ようやく肩の力を抜いた。 「これで、普通に仕事ができる」 相葉は頷いた。「しばらくは確認が要りますが、危険は大きく下がります」 廊下に出ると、ミオは立ち止まった。恋人のふりをするために並んで歩く必要は、もうない。それでも彼女は、蓮の隣に自然と立った。蓮もまた、無理に距離を取ろうとはしなかった。演技は終わった。けれど、終わったからこそ、残ったものがはっきりする。 「ありがとう」ミオが言った。「あの場で、蓮がいなかったら無理だった」 「俺だけでは足りなかった。相葉さんの判断も必要だった」 「うん。でも、私が立ち止まらずに済んだのは、蓮が一緒に組み立ててくれたから」 蓮は答えず、ただ小さくうなずいた。言葉にすると軽くなりそうで、今はそれが惜しかった。夕方の光が廊下に差し込み、三人の影を長く伸ばす。相葉は報告書を抱え直し、少しだけ表情を緩めた。 「これで私の仕事は一段落です。あとは、二人がそれぞれの生活に戻るだけですね」 その言い方は淡々としていたが、蓮には十分だった。恋人役という仮の肩書きは消える。だが、危機の中で積み上げた信頼は、役目が終わっても消えない。 駅へ向かう分かれ道で、ミオは振り返った。華やかな配信者としての顔ではなく、ただ一人の人間として、蓮を見ている。 「また何かあったら、相談していい?」 「手順が必要なら、いつでも」 それは最初の依頼と同じようで、少し違っていた。もう恋人のふりをする必要はない。けれど、互いを支えた記憶は、静かな確かさとして残っている。 蓮は改札の向こうへ歩いていくミオを見送り、手元の端末を閉じた。雨上がりの街は、何事もなかったように明るい。けれど彼の胸の中には、演技では作れない温度だけが、確かに残っていた。
恋人役から始まる共闘
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主人公(男)はスタートアップ企業の若手エンジニア。論理的で冷静。人付き合いは得意ではないが、問題解決力は高い。ヒロインは人気ライブ配信者。華やかで強気に見えるが、私生活ではかなり慎重。人前で弱さを見せるのが苦手。ヒロインがある人物を遠ざけるため、主人公に恋人のふりを依頼する。演技のはずが、本物の危機に発展する。危機を脱出した時点でラスト。キーマンは事件を追う若手警官。主人公たちを疑いながらも、次第に協力する。キーマンはストーリーを大きく転換させる。力ではなく頭脳・準備・機転で勝つ展開。
