週明けの会議室は、空調だけが妙に元気だった。若手エンジニアの蓮は、配布資料の端を指でそろえながら、目の前の人物を見ていた。画面越しなら何万人もの視線を集める人気配信者、星野ミオが、今日は人目を避けるように深く帽子をかぶっている。その違和感が、蓮の注意をいやに鋭く引いた。 「単刀直入に言うね。短期間だけ、私の恋人役をしてほしいの」 あまりに直線的な頼み方だった。蓮は反射的に瞬きを一つ置いてから、感情を挟まずに条件を並べ始めた。期間はどれくらいか。外で会う頻度は。連絡の優先度は。金銭の扱いは。境界を曖昧にしないために、確認すべき項目は山ほどある。 ミオは少しだけ目を丸くしたあと、困ったように笑った。「そこまで冷静に聞かれると助かる。二週間だけ。外では仲のいい恋人として見える程度でいい。変に踏み込まれたくない人がいて、その目をそらしたいの」 誰かを避けたい事情。しかも、それは単なる気分の問題ではないらしい。蓮は胸の奥で、組み立てられていない情報を一つずつ箱に収める感覚を覚えた。危険度が高いなら断るべきだ。だが彼女の表情には、追い詰められた人間の焦りが滲んでいる。表舞台では華やかでも、日常は別なのだろう。 「演技でいいなら、協力します。ただし、無理な要求は受けない。こちらの生活にも影響しない範囲に限る」 「それで十分」 その返事は、ほっとしたようでもあり、どこか覚悟を決めた者の声でもあった。蓮は名刺代わりの連絡先を交換し、実務的な段取りを詰めた。待ち合わせ場所、服装の基準、週末に入る予定のイベント。すべてが仮の線で結ばれていく。 数日後、二人は都心のガラス張りのカフェに並んで座っていた。ミオが笑うたび、近くの席から視線が集まる。蓮はそれを横目に、彼女の指先が落ち着かずにカップの縁をなぞるのに気づいた。配信で見せる明るさとは別に、彼女は自分の生活を守るため、誰かの影から距離を取ろうとしている。 そして、その選択が思ったより早く、思ったより大きな波を呼ぶことを、まだ二人は知らなかった。
恋人役から始まる共闘
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