地区大会の本番前、工房は息を詰めたように静かだった。ろくろの電源は落とされ、棚の上には焼き上がった器だけが並ぶ。主人公は自分の作品を両手で持ち上げ、光にかざした。薄く引いた縁は思ったより強く、釉薬の流れは狙いよりもずっと深い景色を作っている。けれど、胸の奥に小さな迷いが残った。最後の一手を、もっと安全に整えるべきか。わずかな揺れを消せば、見た目は安定する。だが、それは今まで積み重ねてきた自分ではない気がした。 隣で先輩が無言のまま皿を撫でる。主人公は思い切って、乾ききる直前まで待った器の縁に、細い工具を当てた。削るのではない。ほんの息ひとつ分だけ、口当たりを柔らかくする。土に負担をかけない角度、これまで何度も練習した手元の感覚、失敗した器から学んだ重心の置き方。迷いの中で、積み重ねた技術が一本の線になっていく。強くしすぎれば硬くなる。弱すぎれば崩れる。その境目で、主人公は指を止めた。 これでいいのかと自問した瞬間、工房の奥で釉薬の瓶がわずかに触れた。澄んだ音だった。先生が振り返る。先輩も、ライバルも、誰も口を開かない。ただ、その沈黙が答えを迫っていた。主人公は小さく息を吸い、最後に器の底を掌で確かめた。そこにある重みは、勝つために作った不自然な強さではない。何度も失敗し、何度も持ち直してきた時間そのものだった。 焼成室の前で並ぶ全員の顔に、同じ緊張が浮かぶ。窯の扉が閉じられると、赤い熱の気配だけがこちらを押し返した。結果を待つしかない。けれど主人公はもう、待つことを怖れていなかった。自分の器に、自分の手で触れた感触が残っている。あとは火に任せるしかない。 やがて、扉の向こうから低い唸りが聞こえた。静かな工房に、誰かの喉を鳴らすような音がひとつ、またひとつ重なる。全員が黙ったまま、その先を見つめていた。主人公は気づく。勝負は作品が出てきたときに始まるのではない。今この瞬間、結果を怖れずに手を離せたかどうかで、もう決まっているのだと。窯の赤が細く揺れ、次の一秒を飲み込んだ。
土から生まれる器
小説ID: cmnlfe2xi000d01mwcepfbna8
9 / 10
