chapalette Logo

土から生まれる器

小説ID: cmnlfe2xi000d01mwcepfbna8

6 / 10

地区大会を十日後に控えた午後、工房の奥で低い音がした。いつもと違う、喉の奥にひっかかるような乾いた響きだった。主人公が振り向くと、窯の前で先生が温度計を見つめ、眉間に深い皺を刻んでいる。焼成の途中で熱の流れが乱れているらしい。扉のわずかな隙間から漏れる赤い気配はあるのに、内側で思ったように回っていない。これでは、仕上がりにむらが出るかもしれない。積み上げてきた器たちが、一気に別の顔になる可能性があった。 空気が固まった。誰かが小さく息をのむ。主人公は焼き台に並ぶ自分の作品を見た。薄く引いた縁、静かな釉薬の流れ、ようやく掴みかけた手応え。それが、窯の機嫌ひとつで遠ざかるかもしれないと思うと、指先が冷たくなる。だが先輩はすぐに動いた。温度計の数字を読み、棚の位置を確かめ、焼きムラが出やすい段を指で示す。先生は短くうなずき、火の入り方を変える準備を始めた。 主人公も迷ってはいられなかった。予備の作品を運び、熱の通りを見ながら並べ替える。いつもなら見守るだけの先輩たちも、次々に手を貸した。誰かが扉の固定具を締め直し、誰かが空気穴の向きを調整する。主人公は初めて、陶芸が一人で完結するものではないと知る。土に触れる時間は孤独でも、火を通す瞬間は皆で支えるしかない。 それでも窯はすぐには言うことを聞かない。温度は上がりきらず、下がる気配も見せる。焦りが広がる中、先生がつぶやいた。急ぐな。火は追い立てると逃げる。主人公はその言葉に肩の力を抜いた。自分の器だけを救おうとしていたら、きっと見落としていた。今必要なのは、ひとつの正解ではなく、少しずつ試しながら最善へ寄せることだ。 夕方、調整を終えた窯がようやく落ち着きを取り戻した。赤い気配は一定になり、工房に漂っていた焦げたような緊張も少しずつ和らぐ。主人公は額の汗をぬぐい、火の前で静かに息を吐いた。作品はまだ完成していない。だが、ここで諦めなければ間に合う。そう思えたのは、ひとりで耐えたからではなく、皆で火の揺れを見つめたからだった。 その夜、主人公は残った土を握りしめた。失敗しかけた窯の前で、何を守るべきかがはっきりした気がした。形でも、派手さでもない。最後までやり切る意志だ。窓の外では町の明かりが一つずつ灯り、工房の中では、次の焼き上がりを待つ静けさが深くなっていった。