chapalette Logo

土から生まれる器

小説ID: cmnlfe2xi000d01mwcepfbna8

4 / 10

その日、工房の棚の前で立ち尽くしたのは主人公だけではなかった。奥の作業台で、ライバルの一人が焼き上がりを手に取り、周囲の視線をさらっていた。淡い釉薬の上に、まるで朝靄が流れたような模様が浮かんでいる。器の表面は静かなのに、色が内側から息をしているようだった。 先生がそれを掲げると、部屋の空気が変わった。これは面白い。誰かがそう呟き、主人公は思わず拳を握った。自分の器は、まだ土の形を追いかけるだけで精一杯だ。同じ場所で同じ時間を過ごしているのに、あちらはもう景色を焼きつけている。差は形の上にではなく、見えている世界の広さにあるのだと、悔しいほどはっきりした。 主人公はその夜、遅くまで残って素焼き前の皿を並べた。白っぽい土肌に、まず線を引く。細い筆で円を重ねるたび、手元の迷いがそのまま跡になる。完璧を狙うほど線は硬くなり、少し緩めると途端に生き物みたいに揺れた。何度も失敗し、拭い、また引く。すると、真っ直ぐな模様よりも、揺れた線が器の丸みに沿って呼吸する瞬間があることに気づく。土を支配しようとすると死ぬが、土に委ねすぎても沈む。そのあいだの、ほんの細い場所を探す感覚だった。 数日後、試しに焼いた一枚が戻ってきた。狙ったほど派手ではない。だが、縁から底へかけて流れる細い模様が、置く角度で表情を変える。光を受けると控えめに輪郭が立ち、影に入ると深みが増した。主人公は息を呑んだ。派手な釉薬の力ではない。自分の手癖と、土のかすかな揺れが、そのまま景色になっている。 その変化を見た先輩が、ほんの少し目を細めた。ようやく、見せたいものがある顔になったな。主人公は答えられず、ただ皿を持ち直した。焦りはまだ消えない。それでも、昨日までの空回りとは違う。模様は飾りではなく、器の輪郭を引き出すための道になるのだと、ようやく身体で分かり始めていた。 窓の外では、夕方の風が木々を揺らしている。主人公はもう一枚の土を手に取り、次はもっと遠くまで線を伸ばしてみようと思った。