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土から生まれる器

小説ID: cmnlfe2xi000d01mwcepfbna8

8 / 10

主人公は作業台の端に積まれた失敗作の箱を、ふいに開けた。予選に向けた仕上げの最中、どうにも手が止まる。整った器ばかりを見ていると、正しさの輪郭だけが頭に残り、本当に作りたいものが霞んでしまう気がしたのだ。箱の中には、ひびを入れた器、縁がわずかに傾いた茶碗、釉薬が流れすぎて模様のようになった皿が眠っていた。どれも不出来で、けれど捨てるには惜しい。主人公は一つずつ指でなぞり、焼き上がった後の冷たさを確かめた。 その中の一枚に、ひときわ深い流れの跡があった。失敗と切り捨てたはずなのに、光を当てると川面のように揺れる。焼成中に釉薬が寄り、意図した模様が崩れたものだ。だが、その崩れ方は偶然ではなく、土のかたちと相まって、不思議な景色を生んでいた。主人公は息を止めた。完成形に近づけることだけが上達ではない。欠点を消すのでなく、欠点を景色に変える道があるのではないか。 ひとつ思いつくと、胸の奥で別の記憶がつながった。縁が少し歪んだ器は、持つ角度によって口当たりがやわらかくなる。底が沈んだ器は、置いたときに低く落ち着く。欠けたように見えた釉薬の抜けも、そこに空白があるからこそ周囲の色が生きる。主人公は箱を前に、今までの失敗を失敗として閉じ込めていた自分に気づいた。土は一度形を失っても、火をくぐれば、思いもよらない表情で戻ってくる。ならば、人間の手もまた、未熟さを抱えたまま進めばいい。 主人公は急いで新しい土を練った。狙うのは、均整の取れた器ではない。わずかに歪みを残し、その歪みが景色に見える器だ。ろくろに据え、中心を取りながらも、最後の一瞬でほんの少しだけ力を外す。直しきらない。隠しきらない。その曖昧さが、焼き上がったときに生きるはずだった。指先は震えたが、迷いはもう違う形をしていた。 そこへ先輩が通りかかり、箱の中身を見て足を止めた。捨てなかったのか、と短く聞かれる。主人公はうなずいた。すると先輩は、笑うでもなく、困ったようでもなく、ただ静かに目を細めた。欠点を飾りにするのは難しい。だが、難しいから強い。そう言って、乾きかけの皿を一枚だけ手に取る。その仕草は、合格を渡す教師のようでもあり、同じ迷いを知る者のようでもあった。 主人公は作業を再開した。整えるほど器は美しくなる。けれど、整えきれない揺れの中にこそ、自分の手の温度が残る。地区大会まで、もう時間はない。それでも今なら、完成に見える器より、心の奥に引っかかる器を作れる気がした。失敗は消えない。だが、その傷跡を抱いたまま前へ進むことはできる。主人公は土を見つめ、次の回転で新しい景色を生むことを決めた。