月曜日の五時間目、先生は黒板に大きな丸を書いて、その中心に点を打った。地球は太陽のまわりを回っている。そう説明されたとき、ぼくはずっと窓の外を見ていた。校庭の桜は風に揺れているのに、地球まで動いているなんて、どうにも落ち着かなかった。 授業が終わっても、頭の中の丸は消えなかった。家に帰ると、食卓で父さんがニュースを見ながら、宇宙は広いなあと言った。広いなら、なおさらはっきりさせなければならない。ぼくは箸を置いて、もし地球が回っているなら、下の人たちは落ちないのかと尋ねた。父さんは笑って、重力があるからだと言ったけれど、重力があるなら逆さまの人も平気なのか、ますますわからなくなった。 その夜、ぼくは枕の上で考えた。先生の話は、理科の教科書では正しいのかもしれない。でも、正しいことと、ぼくが納得できることは別だ。地球が本当に丸くて回っているのなら、目で見て確かめればいい。月へ行くのは無理でも、世界のはしなら家の近くにあるかもしれない。地図の端から外へ出れば、地球の裏側に近づけるはずだ。ぼくはそう信じた。 翌朝、ノートを開いて作戦を書いた。作戦名は世界の果て発見計画。持ち物は、方位磁石、パン、懐中電灯、虫眼鏡、そして迷わないための赤い鉛筆。さらに、地球が本当に回っているか調べるため、木の影の動きを記録することにした。算数の時間に習ったメートルや時間を使えば、大人だって認めざるをえないはずだ。 休み時間、仲のいい真一に話すと、真一は目を丸くして、海まで行くのかと聞いた。たぶん、と答えると、じゃあ船がいると言われた。船はないけれど、代わりに三輪車ならある。ぼくは本気で、それでも進める気がした。帰り道に見える川も、遠くの煙突も、全部つながっているのなら、どこかで世界の境目に出会えるかもしれない。 家へ向かう夕焼けの坂道で、ぼくはランドセルを揺らしながら、まずは地図を作ろうと決めた。教科書より先に、自分の足で確かめるのだ。世界のはしが本当にあるのか、地球がどこまで続いているのか。まだ誰も知らない秘密を、ぼくが見つける番だと思った。
果てを探す子ども
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