放送準備室の奥で、蓮は古い時計を見上げた。秒針がひとつ飛ぶたび、針の影が白い壁をかすかに撫でる。そこは校内でもひときわ静かな場所で、窓のない壁際に、使われなくなった機材と封の切られていない箱が積まれていた。美緒は胸の鼓動を落ち着けるように息を整え、白石と事務員の男、そしてあの中年の女性を順に見た。誰もが、もう言い逃れをする顔ではない。 蓮は封筒の最後に残っていた一枚を取り上げた。そこには、放送室の時計を一分だけ早めるようにとの指示と、その理由が淡く記されている。校内放送の切り替え時刻を前倒しし、旧校舎へ入る生徒が重ならないようにするため。人が集まれば、閉鎖された教室の補修作業が見えてしまう。だが時計をずらしただけでは足りず、予定は噂で覆われ、いつしか七不思議の一つになった。 「つまり、最初の目的は事故を避けるためだったんだ」 美緒が呟くと、女性は目を伏せた。 「ええ。でも、説明する勇気がなかった。小さな手違いを抱えたまま走り出してしまったの」 白石は唇を噛み、続けた。寄付台帳のずれを見つけたとき、文化祭の準備はもう戻れないところまで進んでいた。誰か一人が責められれば済む問題ではない。それでも沈黙したままでは、旧校舎の補修も、資料の移動も、全部が疑いの目で見られる。だから人を散らし、話題を増やし、真ん中の空白を隠した。 蓮はその言葉を聞き終えると、放送室の台帳に視線を落とした。最後のページには、誰が何を隠したかだけでなく、誰がどこで立ち止まり、誰が何を言えなかったかまで細かく書かれている。隠蔽というより、失敗を失敗の形のまま残せなかった記録だ。 そのとき、廊下の向こうから軽い足音がした。顔を出したのは、昼まで無愛想だった校務員だった。彼は気まずそうに頭をかき、蓮に鍵束を差し出す。 「時計を直したのは俺です。ずれたまま放っておけなくてね。だけど、早い一分のおかげで、誰かがぶつからずに済んだ日もあった」 美緒は思わず時計を見た。七不思議の核だと思っていたものは、怪談ではなく、たった一分の余白だったのだ。その一分に、隠す人の焦りも、守りたい人の願いも、見逃したくない人の沈黙も染み込んでいた。 蓮が小さく息を吐く。 「七不思議の正体は、時間をずらした結果生まれた誤解だ。けれど、誤解が長く続くほど、皆が本当を言い出せなくなる」 美緒はゆっくりうなずいた。怖い話の輪郭が崩れたあとに残ったのは、人の不器用さだけではない。誰かを守ろうとして、別の誰かを追い込んでしまった痛みだった。 白石は深く頭を下げ、女性も続いた。事務員の男は、掲示板に出す説明文を今夜中に整えると約束した。蓮はその場で台帳の写しを取り、必要な記録だけを抜き出す。 外へ出ると、夜の校舎は驚くほど穏やかだった。美緒は窓に映る自分の顔を見つめ、ようやく息が深く入るのを感じる。七つの噂は消えない。だが、誰が何を隠し、なぜ噂が必要だったのかは、もう闇の中に沈まない。 翌朝の掲示板には、新しい説明とともに、放送室の時計は保守の都合で一分早く進めているとだけ記されていた。七不思議の最後の穴は、怪異ではなく、誰かの焦りが空けた一分だった。美緒はそれを読み、蓮と目を合わせる。二人の間に流れた沈黙は、もう恐れではなく、少しだけおかしな安堵だった。
校内七不思議調査
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