蓮が振り向いた先で、校内放送の赤いランプが点いた。続いて流れたのは、聞き慣れた声ではない。少し掠れた、けれどはっきりした女性の声だった。 「放送準備室にいる皆さんへ。保管していた記録を、今から返してください」 美緒は息を止めた。声は確かに校内全体へ響いているのに、その内容はまるでこの場所だけに向けられている。白石が青ざめ、上級生が顔を強張らせた。蓮は一瞬だけ目を細め、ノートの記述と放送の時間を重ねるように見た。 「これは、想定外だな」 扉の外がざわつく。階段を駆け上がる足音、金属棚のぶつかる音、誰かの短い叫び声。美緒は旧校舎の窓へ目を向けた。白い光は夕焼けではない。校庭の一角に停められた車の灯りが、廊下の奥まで射し込んでいた。 やがて放送準備室の扉が開き、見知らぬ中年の女性が現れた。校章のない上着に、職員でも生徒でもない顔。だが白石はその姿を見るなり、膝の力を失いそうになった。 「保健室にいた方、ですよね」 美緒の言葉に、女性はかすかに笑った。 「昔はね。けれど今は、この学校の記録を預かっているだけよ」 彼女の手には、封筒があった。黄ばんだ紙の束が、丁寧に綴じられている。蓮がすぐに受け取ると、封の内側に書かれた文字を見て、眉を上げた。数年前に失われたはずの寄付台帳、改修前の校舎図、そして白石たちが隠していた放送記録。すべてが、古い封印のように一つへ束ねられている。 「学校が長く抱えてきた誤解は、七不思議そのものじゃない」女性は静かに言った。「噂で隠したかったのは、失敗を失敗のまま残さないため。けれど隠し方を間違えた。怖い話にしてしまったせいで、守るべきものまで怪異に見えたの」 美緒は封筒の中の一枚を見つめた。そこには、閉鎖された旧教室を守るための仮設名と、夜間に出入りした理由が記されている。壊れかけた天井から雨水が落ち、資料が濡れないよう移しただけのことが、いつしか人影の噂へ化けたのだ。守ろうとしていた場所は、最初から化け物の巣ではなかった。 蓮がすべてを読み終えたとき、放送はぷつりと途切れた。静けさが戻る。だが今度の静けさは、怖さではなく、長く結ばれた紐がほどける前触れに近かった。 「これで、七不思議は終わる?」 美緒の問いに、蓮は少しだけ首を横に振った。 「終わるんじゃない。形を変える。今度は、ちゃんと説明できる話になる」 白石は封筒を見つめ、やがて深く頭を下げた。隠してきたことは消えない。それでも、誰かが真実を持ち寄れば、誤解は薄まる。美緒はその様子を見ながら、自分が拾った違和感が、ようやく居場所を得た気がした。 校庭の灯りはいつの間にか消えていた。窓の外には、夜へ向かう空が静かに広がっている。美緒と蓮は、封筒を抱えたまま廊下へ出た。そこに漂うのは、怪談の気配ではなく、長い間言えなかった言葉の残り香だった。
校内七不思議調査
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