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噂をほどく二人

小説ID: cmo5wtcbz000q01s2nw6xv9ne

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男の声は、壇上では穏やかさを装っていたが、彼女が一歩前へ出た瞬間に変わった。ほんのわずか、だが確かに、呼吸が乱れた。追い詰められた獣が最後に見せる鋭さに似ていた。 私は彼女の右隣に立ち、事前に並べておいた記録を一枚ずつ机へ広げた。投稿の時刻、削除された記録の写し、関係者の証言、そして彼が彼女に向けた言葉の変遷。単独なら弱い断片でも、順番を正せば流れになる。流れは、意図を暴く。 彼は笑みを保とうとした。だが、僕が彼の説明にある時刻の矛盾を突き、彼女が保存していた連絡の控えを重ねると、会場の空気が静かに変わった。誰もが気づいたのだ。彼が守ろうとしていたのは彼女ではなく、自分の都合のいい筋書きだったのだと。 君は、彼女が選んだと言いました。でもこの記録では、断るたびに家の名を出している。選択ではなく、囲い込みです。 男の目が細くなる。彼は次に僕を狙った。君は何も知らない。彼女を不安にさせているだけだ、と。 その瞬間、彼女が静かに息を吸った。もう十分です、と言った声は小さいのに、会場の後ろまで届いた。 皆さんに知ってほしいのは、私が何を失ったかではありません。何を奪われそうになったかです。私は守られていたのではない。ただ、都合よく動かされていただけです。 その言葉に、男の表情が初めて崩れた。彼は話を遮ろうとしたが、彼女は止まらなかった。家の期待に縛られていたこと、仕事関係者として近づかれたあの男に、戻る場所があると繰り返し言い聞かされていたこと。だからこそ、私は逃げるだけでは終わらせない、と彼女は言った。 僕は彼女の言葉のあとに、最後の札を切った。情報の出どころを示す記録、拡散の経路、そして彼自身の発言と一致する文体の照合結果だ。彼の仕掛けた流れは、彼の癖でできていた。隠しようがない。 会場のざわめきが大きくなる。男はなおも穏やかな声を作ろうとしたが、もう遅い。彼女が自分の足で立ち、僕がその横で記録を積み上げた時点で、流れは完全に逆転していた。 私は、自分の意思でここに立っています。彼女は最後にそう言った。守られるためではなく、真実を明らかにするために。 男は何も返せなかった。壇上の照明は、彼の作った影ではなく、彼女の真っ直ぐな輪郭を照らしていた。僕はその横顔を見て、噂で曇っていた景色が今ようやく反転したのだと悟った。