学内の喧騒は、翌日には嘘のように静まっていた。噂を面白がっていた声は途切れ、視線だけが少し遠慮がちに彼女を追う。けれど、その遠慮はもはや刃ではなかった。公開の場で示された記録と証言が、疑いの芯を確かに折っていたからだ。 彼女は研究室の窓際に立ち、しばらく外を見ていた。春先の風がガラス越しに揺れ、髪の端をやわらかく撫でる。ここ数日で、彼女の横顔は驚くほど変わった。怯えが消えたわけではない。それでも、何かを選ぶ前の沈黙を、もう誰かに奪われてはいない。 家からの連絡は何度かあった。だが彼女は、以前のようにただ頷くのではなく、ひとつずつ自分の言葉で返したという。戻るよう促す文面に対しても、私は私の進路を考えます、と短く答えたそうだ。その返事だけで十分だったのか、十分ではなかったのか、彼女は最後まで詳しくは語らなかった。けれど、その瞳には、誰かに決められる日々を終わらせる覚悟が宿っていた。 僕は彼女の隣に立ち、研究資料の束を整えた。守る、という言葉はときに便利すぎる。相手を見下ろす高さから差し出されれば、それは支えではなく囲いになる。だから僕は、そうしないと決めていた。 私はもう、だれかに選ばれるだけの立場でいたくないんです。彼女はぽつりと言った。 なら、今度は自分で選べばいい。僕はそう返した。 彼女は少し笑った。控えめで、けれど確かな笑みだった。外の世界へ出ることを、逃避ではなく始まりとして受け取る顔だった。 その日の夕方、二人で学外の通りまで歩いた。駅へ向かう人の流れ、カフェの灯り、何気ない会話のざわめき。彼女は立ち止まり、深く息を吸った。私は、ここからやり直したいです。そう言ってから、僕の方へ視線を向ける。 僕は頷いた。隣で歩くことならできる。先に答えを与えるのではなく、同じ速度で考えることもできる。 その約束は派手ではなかった。けれど、噂の残り香が消えた空気の中で、それだけが静かに本物だった。彼女が自分の足で踏み出した一歩と、僕がその隣に並んだ一歩。その二つが重なったとき、ようやく新しい関係が始まる。 真相は明らかになり、疑いは収束した。残ったのは、誰にも押しつけられない信頼だけだった。彼女は前を見て、僕はその横で歩き出す。これから先の道が平坦でなくても、もう二人は、同じ景色を選べる。
噂をほどく二人
小説ID: cmo5wtcbz000q01s2nw6xv9ne
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主人公(男)は武術サークル出身の大学院生。理性的だが負けず嫌い。普段は温厚だが、自分なりの正義感が強い。ヒロインは裕福な家の娘。上品で礼儀正しいが、家の期待に縛られている。外の世界に強い憧れがある。ヒロインがネット炎上に巻き込まれ、主人公が証拠集めや誤解の解消に協力する。二人で真相に迫るうちに惹かれ合う。解消した時点でラスト。キーマンはヒロインに執着する元仕事関係者。表向きは穏やかだが、支配欲が強い。キーマンはストーリーを大きく転換させる。不利な状況から主人公がひっくり返す展開。
