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噂をほどく二人

小説ID: cmo5wtcbz000q01s2nw6xv9ne

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僕はその夜から、噂の流れを一つずつ辿り始めた。研究室の端末で見られる公開投稿、学内で交わされた軽い会話、彼女を知るという人間の曖昧な証言。断片を並べるだけなら誰でもできる。だが、並べたはずのものに順番の歪みがあると気づけるかどうかで、見える景色は変わる。 最初に奇妙だったのは、話の始まりがばらばらなのに、結論だけが同じ方向へ揃っていることだった。誰も決定的な場面を見ていない。なのに、まるで一度合わせた舞台の台詞のように、彼女を疑う言葉だけが先に広まっている。自然に生まれた噂ではない。誰かが、流れを作っている。 僕は彼女に会う時間をもらった。人気の少ない学内の喫茶室で向かい合うと、彼女は最初こそ背筋を伸ばしていたが、すぐに肩の力が抜けていった。外の視線に晒され続けるのは、見えない砂を浴び続けるようなものだろう。少しずつ積もって、気づけば息まで重くなる。 何が一番つらいですか、と僕が尋ねると、彼女はしばらく黙ってから、誰かに見張られているようで落ち着かない、と小さく答えた。言葉にするだけでも負担があるのか、指先がカップの縁をなぞっていた。僕は急かさず、噂を最初に見た場所や、名前を聞いた相手、発言した時刻を順に聞き取った。彼女は戸惑いながらも、少しずつ記憶を手繰り寄せる。 すると、いくつかの場面で時刻が噛み合わないことがわかった。ある人は昼休みに聞いたと言い、別の人は夕方に見たと言う。だが投稿の表示時刻は、そのどちらよりも前だった。誰かが先に筋書きを置き、あとから目撃談を集めたような形だった。 彼女がようやく顔を上げた。そんなふうに整理したことはありませんでした、と驚いた声で言う。僕は頷いた。人は感情に引きずられると、出来事の輪郭を見失う。けれど順番を並べ直せば、隠れていた空白が見える。 さらに調べると、最初の投稿は一見すると匿名だったが、似た文体で同じ言い回しが何度も使われていた。まるで誰かが意図して濁しながら、見る者の想像だけを膨らませているようだった。情報が広がる速さに比べて、内容の確かさがあまりに薄い。それが、最初の矛盾点だった。 彼女はそのことを聞くと、やっと息を吐いた。自分でも何が本当で何が違うのか、わからなくなっていたのだという。僕は、わからないまま耐え続ける必要はないと告げた。彼女は少し目を伏せ、それから、初めて会ったときよりも静かな声で、ありがとうと言った。 その一言は、噂の騒ぎの中で掠れていた彼女自身の音を、ようやく僕の耳に戻してくれた。