翌朝、編集室の空気が張り詰めたのは、扉が開いた瞬間だった。 遥の兄だと名乗った男は、背筋がまっすぐで、目だけが鋭かった。スーツ姿のまま部屋を見回し、机の上の資料に一瞬だけ視線を落とすと、俺に向き直る。 「君が、遥に関わっている人間か」 声は低く、礼儀正しいのに拒絶がにじんでいた。 「はい」 「なら話は早い。ここから先は必要ない」 遥が小さく息をのんだ。だが兄はそれを見ないふりをする。家族を守ろうとする人間の顔だった。警戒の理由はわかる。俺の肩書きも、稼ぎも、立場も、安心材料には見えないのだろう。 「俺は頼まれて手伝ってるだけです」 「過去に何をしてきた」 問いは容赦がなかった。俺は一度だけ遥を見た。彼女は何か言いかけて、唇を結ぶ。兄の視線がそこへ刺さる。触れれば壊れると知っているからこそ、強く止めようとしているのだとわかった。 俺は反発しなかった。代わりに、机の端から順に並べてあった記録を差し出した。連絡の時刻、差し替えの履歴、体調の崩れやすい時間帯、必要な買い出しの一覧。些細なものばかりだが、積み重ねれば一つの流れになる。 「言葉じゃなくて、動きで見てください」 兄は受け取らず、眉を寄せた。 「信用しろと?」 「信用してほしいとは言いません。必要なことを外さないだけです」 その返事に、部屋の空気が少し変わった。兄は資料を見下ろしたまま黙る。俺はさらに、ここ数日で起きた細かな食い違いを説明した。どこで無理が出やすいか、何を隠そうとすると足元が崩れるか。誰かを責めるためじゃない。ただ、遥を守るために必要な順番を示すためだった。 やがて兄が、ふっと息を吐いた。 「君は……見ているんだな」 「見てないと間に合いません」 その一言で、兄の目つきがわずかに変わった。ようやく、ただの外野ではないと認めたような顔だった。 そこへ遥が立ち上がる。 「兄さん、もういい」 震えているのに、声ははっきりしていた。兄は驚いたように彼女を見る。俺は何も言わず、ただそばに立った。反論も言い訳もいらない。積み上げた事実だけが、ここでは一番強い。 兄はしばらく黙ってから、資料を受け取った。 「……続けろ」 それは許可というより、観察の継続だった。だが十分だった。遥が深く息を吸い、肩の力を抜く。部屋の端に差し込んだ朝の光が、今だけは少しだけ優しく見えた。 俺はその瞬間、まだ序盤が終わっただけだと知った。けれど、止められかけた手が再び前へ進む。兄の警戒は完全には解けていない。それでも、黙って積んだ事実は、確かに扉をこじ開けていた。
幼なじみの相談役
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