翌朝、遥の机の上には昨夜のメモが伏せたまま残っていた。俺は編集済みのデータを渡すついでに、それとなく周囲を見た。机の引き出しは半開きで、薬の箱と未開封のパンが一つずつ押し込まれている。どちらも急場しのぎの匂いがした。 「朝、食べたのか」 「あとで」 遥は笑ったが、声に張りがない。無理をしている人間は、言葉より先に生活が崩れる。俺はそれを、映像の乱れより先に見つけた気がした。昼に届け物へ付き合うと、彼女は近所の店で栄養のあるものをいくつか選び、値札を見てはすぐ棚へ戻した。結局、安いゼリーだけを一つ買う。その背中が妙に細い。 帰り道、彼女の携帯が何度も震えた。表示される名前を見た瞬間、遥は画面を伏せる。俺は何も聞かず、通知の間隔だけを数えた。十分おき、五分おき、そして二分おき。追い詰められている人間の連絡は、こうして呼吸のように詰まっていく。 「これ、急ぎの連絡だろ」 「大したことじゃない」 そう言うわりに、遥は立ち止まり、手すりを握った。顔色も少し悪い。俺は帰宅後、彼女が散らかした紙片を順に並べた。請求書、受け取り日時、連絡先、欠けた予定。ぱっと見は雑多だが、並べると一つの形になる。期限が近いもの、支払いが必要なもの、誰にも見せたくないもの。俺は空白を埋め、足りない番号をメモした。 その夜、編集室に顔見知りのスタッフがふらりと寄った。 「お前、そんな細かいとこまで見てたっけ」 「たまたまだ」 「たまたまにしちゃ仕事が早いな」 軽く笑われたが、言い方は少し変わっていた。以前のような見下しではなく、様子を見る目だ。俺が並べた資料を見た遥も、驚いたように目を丸くした。 「そんなにわかるの」 「数字と順番が合ってないだけだ」 本当は、彼女の癖や息継ぎの間まで覚えているとは言えなかった。だが、見落とされがちなものを拾うだけで、崩れかけた生活は少しだけ形を取り戻す。遥は短く息を吐き、俺の隣で椅子を引いた。 「ねえ、助かってる」 たったそれだけなのに、言われた瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなる。派手な手柄じゃない。だが、目の前の切迫を一つずつ片づけていくと、周囲の目は確かに変わり始めた。目立たないはずの俺の手元に、次の依頼の話が集まりだす。遥の沈黙の輪郭も、少しだけ違って見えた。まだ核心には届かない。それでも、ばらばらだった断片は、確かに一つの危機へ向かって並び始めていた。
幼なじみの相談役
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