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幼なじみの相談役

小説ID: cmo5wpucx000001s2a8yjyb3e

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翌日から、遥はやけに元気だった。 「昨日の続き、任せていい?」 そう言う声は明るいのに、目だけが笑っていない。俺はパソコンの前でうなずきながら、彼女が差し出した資料を受け取った。編集用の素材のほかに、買い物メモや連絡先の控えまで混じっている。表向きは雑務の山だが、並べ方に妙な癖がある。急いでいる人間のそれではなく、何度も見直して、抜けを埋めようとした痕だった。 「これ、昨日より増えてるな」 「気のせいじゃない?」 そう返した遥は、紅茶の湯気の向こうで指先を隠した。カップの縁に触れるたび、ほんの少しだけ肩が跳ねる。平気そうに見せようとしているのが、かえってわかった。 作業を進めるうちに、彼女の話し方にも違和感が積み重なった。必要なことは淡々と話すのに、ある単語にだけ妙な間が入る。たとえば、確認先の名前を口にしかけて、そこで飲み込む。誰かの予定に触れると、すぐ話題を変える。そのたびに、俺は編集ソフトのタイムラインを整えるように、彼女の沈黙の形を少しずつ拾っていった。 夕方、荷物を届けるために外へ出たとき、遥は突然立ち止まった。 「やっぱり、私ひとりで行ってくる」 「今さら何を」 「大丈夫だから」 強い言い方のわりに、足元が少しふらついている。俺が手を伸ばすより早く、彼女は笑って見せた。だがその笑いは、薄い紙を重ねたみたいに頼りない。 駅前の横断歩道で信号を待ちながら、俺はふと気づいた。遥は不安になるほど口数が増え、安心したいほど黙る。昔からそういうところはあったが、今日は輪郭がはっきりしすぎている。誰にも言えない何かを抱えた人間の癖だ。 「なあ遥」 俺が呼ぶと、彼女はわずかに目を伏せた。 「無理してるだろ」 「してないよ」 即答だった。あまりにも早く、あまりにも軽い。そこでようやく、俺は彼女の強がりがただの意地ではないと知った。守りたいものがあるからこそ、崩れそうな場所をさらに固くしている。近くにいるのに、核心だけがまだ遠い。 その夜、戻ってきた遥は、机の端に置いたメモを何度も直していた。文字は整っているのに、最後の一行だけ消しては書き直している。 「そこ、気になる?」 「別に」 そう言いながら、彼女は唇を噛んだ。俺は何も聞かず、代わりに不要な行を削って見やすく整えた。すると遥は、ほっとしたように息をつく。 その瞬間だけ、彼女はほんの少しだけ年相応に見えた。だが次の瞬間には、また強い顔に戻っていた。 俺は気づかないふりを続けながら、彼女の背中に残る見えない重みを見ていた。核心にはまだ触れられない。それでも、触れなくても伝わるものがある。遥は、誰にも言えない不安を抱えたまま、俺の前でだけ少しだけ脆かった。