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幼なじみの相談役

小説ID: cmo5wpucx000001s2a8yjyb3e

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朝の編集室は、機械の唸りとコーヒーの匂いで静かに満ちていた。俺はモニターに顔を寄せ、不要な間を削り、音の波形を整え、画面の明るさを数値のように均した。派手さはないが、こういう細工だけは誰にも負けない。目立たない仕事を、目立たないまま終わらせる。それが俺の日常だった。 そこへ、扉が乱暴に開いた。 「お願い、今すぐ手伝って」 息を切らして立っていたのは、幼なじみの遥だった。昔から真っ直ぐで、困った顔をしていても強がる癖は変わらない。俺が驚くより先に、彼女は片手のスマートフォンを突き出した。画面には、今日中に仕上げなければならないらしい短い映像が映っていた。 「これ、急に差し替えが必要になったの。私じゃ間に合わない」 頼み方は簡潔だったが、声の奥に焦りがある。俺は昔、彼女に何度も助けられたことを思い出した。転んで膝をすりむいた日も、進路で迷っていた夜も、遥はいつだって先に手を差し出した。今度は自分の番だろう。 「見るだけなら」 そう答えたつもりだったのに、気づけば机の前に彼女を座らせていた。素材を開くと、映像は確かに粗が多い。だが妙だ。撮影の順番が不自然で、肝心の部分だけ意図的に避けられているように見える。切り貼りされた跡も、ただのミスには見えない。 俺が眉をひそめると、遥は視線をそらした。 「ただの確認用だから」 その言い方は、もっと深い事情を隠している人間の声だった。 軽い手伝いのはずだった。けれど、映像の端々に漂う切迫感は、どう見ても仕事の遅れだけではない。誰かに知られたくないものを、ぎりぎりの綱で包み隠している。俺は再生を止めずに、彼女の横顔をちらりと見た。昔より少し痩せた頬と、指先の震えが妙に気にかかる。 「遥、これ、本当に映像だけの話か」 彼女は小さく唇を結び、答えなかった。代わりに、机の上にもう一台のスマートフォンを置いた。画面は伏せられたまま、通知だけが淡く震えている。まるで、これ以上踏み込むなと告げるように。 俺は黙って編集ソフトを立ち上げた。恩返しのつもりで始めた作業は、どうやらただの修正では終わらない。だが、その予感を振り払うより先に、遥がかすかに息をのんだ。次の瞬間、彼女の細い肩がわずかに落ちたのを見て、俺は理解した。これは、誰にも見せたくない何かの入口だと。