翌朝、写真館の裏口に箱が一つ増えていた。誰が置いたのかはわからない。だが蓋を開けた瞬間、篠原は言葉を失った。中には、商店街の地図と、赤い丸、細い矢印、そして見覚えのない搬入口の図が重ねて入っていた。 「これ、うちに向けたものか?」真島が眉をひそめる。 綾瀬は地図を机に広げ、赤い丸を指で追った。「止まり木みたいに見える。人が集まりやすい場所だ」 雪山の仲間は、地図の端を二度叩いたあと、階段を下りて通りへ出た。彼は迷うふうもなく歩き、閉店した雑貨屋の前で立ち止まる。そこは先日から空き家になっていたはずの場所だ。仲間は店先のシャッターの隙間に手を差し入れ、何かを確かめるように数回押した。次いで振り返り、篠原たちを呼ぶように大きく手を振る。 店の脇には、目立たない古い看板が残っていた。商店街のイベントで使われていた臨時の掲示板。その裏に、使われていない電源と、雨よけの屋根、広めの土間が眠っている。綾瀬が身をかがめて覗き込み、すぐに顔を上げた。 「ここ、前から通り道だったんだ。でも、客からは見えにくい。展示も作業も、両方いける」 篠原は息を呑んだ。自分たちはずっと、協力を集めることばかり考え、場所を一つに固めることが当然だと思い込んでいた。だが、雪山の仲間は違った。彼は人の流れを見ていた。どこで立ち止まり、どこで振り返り、どこなら自然に手が伸びるのかを、言葉ではなく足取りで測っていたのだ。 真島が雑貨屋の前にしゃがみこみ、床の汚れ方を見た。「ここ、搬入のときに一度だけ角度を変えれば、入口が広く使える。看板も差し替えやすい」 綾瀬はすぐに帳簿を開いた。「賃料だけなら、今の倉庫跡より低い。しかも、手伝いの見返りとして店番もできる」 篠原は地図を見つめながら、ようやく腑に落ちた。外からは一つの小さな店舗に見えるが、裏から入れば作業場、会議室、受け渡し口に分けられる。ひとりの発想では、そこまで届かなかった。だが雪山の仲間は、通りの端から端までを見て、すでに次の導線を描いていた。 その日のうちに、彼らは雑貨屋の空き家を借りる交渉に向かった。交渉相手は最初、怪しげな集まりだと身構えたが、綾瀬の整った説明と、真島の素直な実演、そして雪山の仲間の静かな動きに、次第に表情をゆるめた。仲間は言葉を発しない。ただ、床に置かれた箱を一つずつ動かし、使い道のない空間に、使える余白を作っていく。その所作だけで、相手は納得したようだった。 夕方、契約書に印を押し終えた頃には、空の店内に新しい空気が流れていた。篠原は埃の残る棚を見上げ、これまでの努力が初めて、別の形で報われた気がした。売れた物でも、名声でもない。見過ごされていた場所を、誰かが居場所に変える。その最初の一歩が、今ここにある。 雪山の仲間は、入口の敷居にしゃがみ込み、小さな木片を差し込んだ。扉の閉まりが少しだけ滑らかになる。誰も気づかないほどの細工だったが、篠原にはわかった。あれは合図だ。これからは、この店が世界への通路になる。 「派手じゃないな」真島が笑う。 篠原も笑った。「でも、これなら続けられる」 仲間は返事の代わりに、店の奥へ向かって一度だけ振り返った。そこにあったのは、完成した計画ではなく、ようやく見つけた進路だった。
雪山仲間と秘密結社
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