雑貨屋の開店から三か月が過ぎたころ、店の前には見慣れた客が増えていた。商店街の店主、子ども会の母親、配達帰りの青年。誰もが何かを買うだけではなく、直してほしい物や、少し困っていることを持ち寄るようになった。篠原はそれを見て、ここがもう秘密結社の隠れ家ではなく、街の呼吸に混ざった場所になったのだと知った。 ある夕方、区役所の職員が店を訪れた。差し出された封筒には、地域連携活動団体としての登録証が入っている。真島は目を丸くし、綾瀬は思わず帳簿を閉じた。雪山の仲間は何も言わず、封筒の角をそっと押さえた。そこには、これまで積み上げてきた見えない労力が、ようやく公に認められた重みがあった。 だが、篠原は喜びきる前に登録証の文面を読み返した。世界征服を目指す結社ではなく、地域に役立つ活動を行う団体。ずっと掲げていた大目標とは、あまりにも違う。真島が肩をすくめる。 「だいぶ丸くなったな」 「丸くなったんじゃない」綾瀬が静かに言った。「届く形に変えただけだ」 その言葉に、篠原はゆっくり頷いた。派手な旗を立てるより、信頼を積むほうが遠くまで行ける。大きな夢は消えていない。ただ、目の前の誰かに必要とされる仕事の先に、少しずつ姿を変えて生き残っているのだ。 その夜、四人と一人は店の奥でささやかな会議を開いた。次は何を増やすかではなく、何を続けるかを話し合う。商店街の見回り、修繕の手伝い、子ども向けの工作会、古い道具の再生。どれも地味だが、やめてしまえばすぐに街の隙間が目立つ仕事ばかりだった。 雪山の仲間は、机の上に新しい札を置いた。急がず、続ける。以前より少しだけ整った字だった。篠原はその札を見て笑い、手帳の表紙を閉じる。 「世界は、たぶん一度に変わらない。けれど、今日のひとつが明日を支える。それで十分だ」 真島が窓の外を見た。商店街の灯りが、ゆっくりと並んでいる。 「じゃあ、次も地道にやるか」 「もちろん」 綾瀬が片付けた書類の束を揃え、雪山の仲間は入口の木札を掛け直した。そこには、誰にも読めるはずのないようで、なぜか確かに伝わる気配があった。小さく積み上げれば、ちゃんと前へ進める。彼らはそれを知ってしまったのだ。 秘密結社は、世界を征服する夢を手放したわけではない。だが今は、まずこの街を、少しずつ良くする。そう決めた彼らの足取りは、以前よりずっと軽かった。
雪山仲間と秘密結社
小説ID: cmnl8nauc000001o2i5o5w2bh
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お金のない秘密結社が小さなことをコツコツ繰り返しながら地道に世界征服を目指すコメディ。喋れないイエティがメンバーにいる。
