本部は駅から三十分、雨漏りのする古びた倉庫だった。壁には立派な額縁だけが掛けられ、肝心の中身はまだ白紙のまま。秘密結社と名乗るにはあまりにも寒く、会議机代わりの折りたたみテーブルも、片方の脚が少しだけ短い。それでも、集まった五人は胸を張っていた。 我らが掲げるのは、世界をより静かに、より賢く変えるための壮大な理念である。だが、今夜の議題はそれより先に、電気代の節約と、壊れたやかんの扱いだった。会長の篠原は、黒い手帳を開いて咳払いをした。 「大きな目標は、まず小さな仕事を片づけてからだ。派手な活動は後回し。今は目立たないことを積み重ねる」 異論はなかった。異論を言えるほどの余裕もなかった。棚の上では、古い扇風機がかすかな音を立て、隅の段ボールには折れた傘や使い道のわからない部品が詰め込まれている。彼らはそれらを整え、再利用し、少しでも倉庫を居場所に変えていくつもりだった。 そのとき、奥の扉が控えめに軋んだ。現れたのは、雪山から来たという新入りだった。白い外套に雪の名残をまとい、背は高いのに足取りはやけに静かで、口を開きかけても言葉は出てこない。ただ、細い指先で胸を押さえ、首を振るだけだった。 「しゃべれないのか」 新入りはうなずいた。代わりに、倉庫の床に指で簡単な線を引き、屋根の形、山の稜線、風の向きを次々に描いていく。誰もが最初は戸惑ったが、その線は驚くほど的確だった。雨漏りの位置を示し、壊れた棚の重心を教え、片付ける順番まで示してみせる。 篠原が目を細めた。 「なるほど。言葉がなくても、伝え方はいくらでもあるらしい」 その夜、倉庫の片隅に置かれた古い地図の上で、新入りは人差し指をくるりと回した。そこには、まだ誰も気づいていなかった抜け道と、近所の廃材置き場が示されていた。立派な世界計画はまだ紙の中に眠っていたが、倉庫の中にはすでに、次の一手を生む静かな気配が芽生えていた。
雪山仲間と秘密結社
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