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放課後サッカー革命

小説ID: cmnlfdbb2000001mwn94340z6

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進路調査の紙が配られた日の放課後、一也は最後まで部室に残らなかった。いつもなら机を寄せ、試合映像を見ながら何かしらの数式を口にする彼が、その日は制服のまま窓際に立ち尽くしていた。夕焼けに染まるグラウンドを見つめる横顔は、考えすぎているというより、何も考えられなくなった人のそれに近かった。 奈央が声をかけても、一也は笑わなかった。 「俺、たぶんサッカーを続ける意味を見失ってる」 静かな言葉だった。けれど、その一言で部室の空気はひどく重くなった。東峰に勝ったあとの高揚が、次の段階へ進む前に足を止められたようだった。進路、学費、将来、部活。どれも大事で、どれも軽くは選べない。一也はずっと、誰かのために計算してきた。だが今は、自分のための答えが見つからないらしかった。 佐伯は説得しなかった。ただ、棚の奥から厚いファイルを二冊取り出し、机に並べた。そこには、彼らが積み重ねてきた記録が詰まっていた。失点の場面を赤線でなぞったページ。走力の変化を示す表。限られた時間の中で組み替えた練習メニュー。模試前に分担した連絡表。強豪校との対戦で書き足した修正案。勝った試合の後に、次の課題を淡々と書き込んだ付箋まで挟まっていた。 「続けるかどうかを急いで決めなくていい」佐伯が言った。「ただ、ここまで一緒に積み上げたものが何だったのかは、見ておいたほうがいい」 一也はページをめくった。最初は無表情だった顔が、少しずつ変わっていく。自分が走り方を分ける提案をしたこと。心拍数の表を作ったこと。失敗した試合の後、次の配置を誰より早く書き直したこと。その一つ一つが、ただの部活ではなく、自分の時間を使って形にした証拠として残っていた。 奈央は隣に座り、言った。 「やめるなとも、続けろとも言わない。でも、選ぶなら一人で背負わなくていい」 一也はしばらく黙っていた。やがて、ファイルの最後のページに目を落とし、小さく息を吐いた。そこには、彼の字でこう書かれていた。まだ終わっていない。終わりを決めるのは、今ではない。 その晩、一也は進路希望の欄を埋めなかった。代わりに、部室のホワイトボードに新しい見出しを書いた。冬に向けて。全員がそれを見たとき、誰も軽く笑わなかった。選択は先送りではない。迷いを抱えたままでも、積み上げた事実は消えない。その重みを、彼らはようやく共に受け止め始めていた。